東京地方裁判所 平成10年(ワ)15242号 判決 1999年9月28日
原告 X株式会社
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 久保田康史
同 川端和治
被告 学校法人Y
右代表者理事 B
右訴訟代理人弁護士 吉成外史
右訴訟復代理人弁護士 齋藤理英
主文
一 被告は原告に対し、四億八五七二万九二九七円及びうち四億二四五九万九五五三円に対する平成八年九月一日から支払済みまで年一割四分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文に同じ。
第二事案の概要
本件は、原告が学校法人である被告に対して、五億円を貸し付けたとして、右金銭消費貸借契約に基づき、残元本及び遅延損害金の支払を求めている事件である。
これに対し、被告は、右借入れの事実を否認し、右借入れは、被告の当時の理事長であったC(以下「C」という。)が、被告とは全く関係なく個人的に借り入れたものであり、かつ、その事実は原告も十分に承知していたなどと主張している。
本件の主たる争点は、原被告間の金銭消費貸借契約の成否であり、①金銭を借り入れたのは被告であったか、②右借入れにつき、被告における評議員会の意見を聞いて理事会の議決を経るという被告寄附行為上の適法な手続がとられていたか、そうでなくとも、原告において、右貸付けにつき、被告の理事長であったCが、評議会の意見を聞いて理事会の議決を得ており、適法に被告を代表する権限を有するものと信じ、かつ、このように信じるにつき正当の理由があったか(民法一一〇条類推適用の有無)、③Cは、被告において授与されている権限を濫用して、自己又は第三者の利益を図るために右借入れを行ったもので、かつ、原告がCの右真意を知り、又は知り得べきであったか(民法九三条ただし書類推適用の有無)であり、本訴請求は、①及び②の又はが認められ、かつ③が認められないときに認容されるべきものとなる。
一 争いのない事実等(証拠を示した箇所以外は当事者間に争いがない。)
1 原告は、大手ゼネコンである訴外a建設(以下「a建設」という。)の一〇〇パーセント子会社のリース、金融等を業とする会社であり(証人D、同E)、原告担当者は、a建設担当者からの紹介でCと知り合った。
2 被告は、昭和一七年三月に財団法人Yとして設立され(昭和二五年六月に学校法人に組織変更)、静岡県沼津市において、①Y高等学校、②b高等学校、③Y第一幼稚園、④Y第二幼稚園を運営する学校法人である(乙一)。
3 Cは、昭和五三年五月、養母の故F二代目理事長の跡を継いで理事長に就任し、その後、平成元年五月、岩手県所在のc大学の理事長にも就任したが、平成七年三月三一日に被告理事長を辞任し、平成八年九月にc大学理事長を解任された者である。<証拠省略>
二 争点(1ないし4)
1 金銭を借り入れたのは被告であったか。
(原告の主張)
(一) 原告は被告に対し、平成四年三月一九日、五億円を次の約定で貸し付けた(以下「本件貸付け」又は「本件借入れ」という。)。
① 期日 平成五年三月一八日元本一括返済
② 利息 利息年六・六パーセント(ただし、長期プライムレートプラス〇・六パーセントの変動制)
平成四年三月一九日第一回利息支払。以後三か月ごとの末日に三か月分の利息を支払う。
③ 遅延損害金 年一四パーセント
(二) なお、本件貸付けに至る経緯は次のとおりである。
平成三年一二月下旬ころ、当時の被告代表者理事長Cから原告に対し、金銭借入れの申込みがあった。すなわち、被告が新入学生を確保するための宣伝広告を企画することを主目的とし、同時に被告の収益事業を担当するために、平成三年一一月二九日開催の被告の評議員会決議に基づき、その全株式を取得した株式会社d(以下「d社」という。)の運転資金に充てたいとのことであった。
原告としては、右のような被告とd社との関係からして、右資金は被告に必要な運転資金と同一視されるものと判断した。ただし、貸付けは飽くまで被告の運転資金としてならば可能であると回答した。
そして、Cからも被告が借り入れる旨の表明がされるに至った。
(被告の主張)
本件貸付けは、当時の被告理事長であったCが、被告とは全く関係なく、個人として原告から借り入れ、かつ、その借り入れた金員全額を、C個人の経営するd社の資金繰りに使用したものであった。
2 貸付けにつき、被告における適法な手続がとられていたか。
(原告の主張)
原告は、被告が本件借入れをするには、評議員会の意見を聞き、理事会の決議を得ることが必要であることを知っていたので、C理事長に対し、右手続の履行を求めたところ、Cからは、平成四年三月二日に被告の理事会及び評議員会において、本件借入れにつき全員一致で可決した旨の報告を受け、その旨記載された理事会及び評議員会の議事録を受領した。
したがって、本件貸付けにつき、被告における適法な手続がとられている。
(被告の主張)
本件借入れにつき、被告において、理事会、評議員からの議決は得られていない。
3 原告において、Cに本件借入れにつき適法に被告を代表する権限を有するものと信じ、かつ、このように信じるにつき正当の理由があったか(民法一一〇条類推適用の有無)。
(原告の主張)
(一) 原告は、被告が本件借入れをするには、評議員会の意見を聴き、理事会の決議を得ることが必要であることを知っていたので、C理事長に対し、右手続の履行を求めたところ、Cからは、平成四年三月二日に被告の理事会及び評議員会において、本件借入れにつき全員一致で可決した旨の報告を受け、その旨記載された理事会及び評議員会の各議事録を受領した。
右議事録には、いずれも会議の日時、場所、議案、議事の経過が記載され、出席者が事案に全員一致で賛成した旨記載されている。さらに、議長、議事録署名者が各々署名・捺印し、C理事長が原本と相違ない旨を認証している。
また、原告は、Cから、被告によるd社の全株式取得について決議した旨の平成三年一一月二九日開催の評議員会の議事録の交付も受けている。
(二) したがって、仮に、本件借入れにつき被告内の手続が事実として履践されていなかったとしても、前記のとおりの事情から、原告は右手続がされたものと信じて本件貸付けを行ったものであり、原告がそう信じたことに正当な理由がある。
(被告の主張)
原告は、被告の借入れとするには本件借入金が多額にのぼるため、被告の理事会・評議員会の議決が必要なことを知っておりながら、実際には、右理事会・評議員会の議決を経ないで、Cが独断で本件借入れを行ったことについて悪意であった。
4 Cは、被告において授与されている権限を濫用して、自己又は第三者の利益を図るために本件借入れを行ったもので、かつ、原告がCの右真意を知り、又は知り得べきであったか(民法九三条ただし書類推適用の有無)。
(被告の主張)
(一) 原告から被告に貸し付けられたとされる本件貸付金の全部が、Cの個人会社であるd社の資金繰りに使われており、また、本件借入金は全く被告の帳簿に記入されておらず、被告は本件借入れに全く関与しておらず、Cは、自己の個人企業の資金繰りに使用するために、被告名義で本件借入れを行ったもので、被告における権限を濫用したものであった。
(二) 本件貸付けは、d社への融資では原告の社内手続上困難なので、被告を通じた融資なら認めるということで実施されたもので、原告は、本件貸付けがd社の資金繰りに使用されることを承知していた。
なお、原告は、d社が被告の子会社であると信じた旨の主張をしているが、被告は単なる私企業ではなく、国からの補助金を得ているいわば半ば公的存在の学校法人であり、そのような学校法人に対して貸し付けるに当たっては、一般の私企業に対してよりもなお一層融資について慎重な調査が要求されるはずである。そして、そのような公的存在である学校法人が、実体はいわば「私企業」の債務の保証という実質を有するような借入れをするわけがない。しかも、その借入金額は、常識を越える五億円という大金で、本件貸付けは異常としかいいようがない。
したがって、原告は、Cが本件借入金を自己の個人企業の資金繰りに使用したという権限濫用行為については、悪意又は少なくとも過失があったといわざるを得ない。
(原告の主張)
原告は、前記1の「原告の主張」(二)(本件貸付けに至る経緯)記載のとおり、d社は、資本関係からしても業務の内容からしても被告自身と一体であるとの被告代表者の説明及びその根拠たる議事録等を信頼してその前提のもとに本件貸付けをしたものである。
また、原告は、本件貸付金がd社の運転資金に使われることは了解していたが、従前同社とは取引関係がなく、また、同社は適切な担保も有していなかったことから、従前長い取引関係にあり、また、担保物件も所有していた被告に本件貸付けをしたものである。
一〇〇パーセント子会社の運転資金の借入れを求められ、その子会社と従前の取引がなく、また、子会社に適切な担保物件がない場合、従前から取引関係にあり、また、担保物件も所有している親会社に貸し付けることは通常の取引において一般にされていることであり、原告の今回の措置に何ら異常・不合理な点はない。
第三争点についての判断
一 前提となる事実について
<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば次の事実を認めることができる(当事者間に争いのない事実を含む。)。
(一) Cは、理事長を務めていた被告の校舎建設や、平成元年五月ころ理事長に就任した岩手県所在の学校法人生活学園c大学(以下「c大学」という。)の校舎建設等に関して知り合ったa建設を通じて、同社の一〇〇パーセント子会社で、リース、金融等を業とする原告の関係者と知り合った。
(二) Cは、自己とその妻及び子名義分を併せて、広告代理を業とするd社の株式の過半数を有し、同社の代表取締役を務め、同社はCのオーナー企業ともいえるものであったが<証拠省略>、d社と被告との間には、資本や業務面において何ら関係はなかった。
平成三年一二月下旬ころ、Cは、原告の営業部営業課長代理であったD(以下「D」という。)に対し、原告からd社への、一〇億円の融資を申し入れた。右申入れの際、CはDに対し、d社は広告代理業を行う会社であるが、被告の一〇〇パーセント子会社で、被告の学生募集の広告をも扱う会社であること、d社は、広告業界の慣行で、広告媒体のマスコミへの支払は毎月末締めであるのに対し、顧客からの広告収入は三か月ないし四か月分先であるため、業績が拡大すると多くの運転資金が必要となってくるが、取引銀行が金融引締めの影響で融資枠の拡大を断ってきたので協力してもらいたいこと、返済は一年後に被告の入学金収入と銀行からの借換えで行うこと、担保として、被告の土地(野球部専用グランド。なお、甲一五はそのうちの一筆の登記簿謄本)を提供することなどを述べ、また、被告学校の宣伝を担当し、施策の実施に役立たせるためにd社の全株式を被告が取得することを承認可決した旨を記載した、実際には開催されていない平成三年一一月二九日付けの被告の評議員会議事録の謄本(甲九)写しを交付した。
原告において、Cからの右融資申込みを検討したところ、右被告土地に第一順位の抵当権を設定すれば担保価値としては十分であるが、原告はもとよりa建設もd社と従前取引がなく、同社の信用状態を正確に把握することは困難なので融資はできないが、被告からはa建設が建築工事を受注している関係もあり、被告に対しては融資ができるのではないかということになった。
平成四年二月ころ、DはCに対し、原告における右検討の結果を伝えたところ、Cからは、右被告土地の先順位の担保のうち、二社の分ははずせるが、第一順位の株式会社駿河銀行の根抵当権ははずせない、また、融資先をd社ではなく被告とすると、この融資金を担保にして銀行からd社に融資するという二度手間になるので再考してほしいとの要望があったが、原告においては、右被告土地の担保が第二順位となることは了承したが、融資先を被告とすることは再考できないと告げ、Cはその旨を了承した。
また、DはCに対し、被告が学校法人であることから、被告への融資に当たり、借入れと担保設定についての被告理事会と評議員会の承認があったことを確認するために、その議事録を提出してほしい旨要求し、その後、CからDに対し、実際にはそのような評議員会や理事会は開催されていないにもかかわらず、被告の運転資金とするため、原告から一〇億円を借り入れて被告所有土地を担保に入れることを、平成四年三月二日に開催された被告評議員会及び理事会で承認可決した旨を記載した各議事録の謄本(なお、乙一五の各議事録は、被告内部において被告事務局長であったG(以下「G」という。)が保存していた同内容の評議員会議事録及び理事会議事録である。)が交付された。
(三) その後、原告社内稟議手続の社長による最終段階に至って、被告土地に対する担保設定が第一順位とならないことや、資金使途が運転資金であることから融資額を五億円に減額することとなり、DからCに対し、平成四年三月一三日ころ(乙二〇)までにはその旨連絡され、それに応じて、CからDに対し、実際にはそのような評議員会や理事会は開催されていないにもかかわらず、被告の運転資金とするため、原告から五億円を借り入れて被告所有土地を担保に入れることを、同月二日に開催された被告評議員会及び理事会で承認可決した旨を記載した各議事録謄本(甲七、八)が交付された。
なお、Dは、前記のとおり、Cから交付された、d社の全株式を被告が取得することを承認可決した旨の被告評議員会議事録謄本(甲九)の写し、被告が原告から一〇億円を借り入れることなどを承認可決した被告の評議員会議事録及び理事会議事録の各謄本、並びに、被告が原告から五億円を借り入れることなどを承認可決した被告の評議員会議事録及び理事会議事録の各謄本(甲七、八)について、すべて被告における適正な手続により作成されたものであり、被告理事会や評議員会において、その議事録どおりの承認決議がされたものであると信じていた。
(四) 平成四年三月一九日、Dが被告に赴き、Cが出席して、借主兼抵当権設定者欄に、被告代表者Cの記名押印がされ、また、連帯保証人欄に、Cの署名押印がされるなどして、次のとおりの内容を記載した原被告間名義の「金銭消費貸借並びに抵当権設定契約書」(甲一)が作成された。
① 貸付金額 金五億円
② 使途 被告の運転資金
③ 最終返済期日 平成五年三月一八日(元本一括返済)
④ 利率 年六・六パーセント(年三六五日の日割計算)
ただし、長期プライムレートプラス〇・六パーセントの変動制。
⑤ 利息支払期日 平成四年三月一九日を第一回利息支払日とし、以後三か月ごとの末日に三か月分を前払で支払う。
⑥ 遅延損害金 年一四パーセント(年三六五日の日割計算)
また、同日、被告が従前から利用していた司法書士に対して、抵当権設定登記手続が依頼されて、その手続が行われ(甲一五)、一方、当時、被告の職員(事務長)であったH(以下「H」という。)が、Cの指示により開設手続をした中部銀行の被告(学校法人Y 理事長C)名義の預金口座に、同日、原告から初回の利息を差し引いた四億九三三〇万九五九〇円が入金された(乙二七)。
そして、同月二三日、右預金口座が解約され、残金全額から振替手数料を控除した四億九三四〇万七一八七円が太陽神戸三井銀行銀座東支店のd社名義の預金口座に送金され(乙二七、二八)、右金員はd社のために費消された。
(五) Cは、昭和五四年ころから個人として株式取引を始め、その後、被告、d社などの名義でも株式取引をするようになり、平成元年から平成二年にかけて、金融機関から多額の融資を受けて株式の信用取引にそそぎ込むようになった。しかし、株価が、平成二年ころから次第に下落し始め、平成四年ころにはバブル経済の崩壊で大暴落したことから、Cは多額の損失を負い、同人の金融機関からの借入残高は、家族名義も含め、平成四年度末には約二一億一〇〇〇万円、平成五年度末には約二二億六〇〇〇万円、平成六年度末には約二四億二〇〇〇万円に膨れ上がり、年間の利息支払額も、平成四年度には一億三〇〇〇万円余り、平成五年度には九七〇〇万円余り、平成六年度には一億一〇〇〇万円余りに上った。さらに、平成四年ころには、既にCのめぼしい資産は金融機関の担保に提供済みで、追加融資を得ることも困難になっており、C自身の資力では、利息の支払すらままならない状態となっていた。さらに、Cが経営するd社は、業界の取引慣行による売上金回収までのつなぎ資金を常時必要とし、経常利益がほとんど出ていなかったため、右つなぎ資金を金融機関あるいはC個人からの借入金で補てんしていたが、Cがd社名義で株式取引をし、そのための資金も同社名義で金融機関から借り入れていたため、バブル経済の崩壊に伴う株価の暴落や、C自身の経済的苦境により、資金繰りが困難な状況となっていた。
しかし、Cは、かかる状況に陥ったにもかかわらず、株価は底値を突いており、いずれ必ず高騰するなどと考え、他に資金調達の当てがないまま、被告の理事会の承認決議も得ないまま、被告から、仮払金名目で資金を支出させて無担保で自己に貸し付けさせ、d社やC個人の株式の信用取引やそのための借入金の利息支払等に充当していた。(乙三〇)
被告は、平成四年度には仮払金総額が約二二億四〇〇〇万円に上り、また、Cによる被告名義での株式取引のために、被告は、被告名義で金融機関から多額の融資を受けており、被告の平成四年度末の借入金残高は約九七億五八〇〇万円にも上った。(乙三〇)
そして、被告は、Cが理事長を辞任した平成七年三月時点で、約一三〇億円の負債を抱え、うち使途不明金は約二〇億円に達しているともいわれ、平成九年六月一二日、Cが被告理事長在職当時に被告名義で借りた金員のうち数億円を個人的な株式投機等に使い込んだなどとして、同人を告訴し、同人は、同月一八日、静岡県警沼津署に業務上横領の容疑で逮捕・送検され、その後の追送検を含めると、同人の背任・業務上横領容疑による送検合計額は約一〇億三〇〇〇万円となり、後日、被告は静岡地方裁判所に公訴提起され(なお、本件貸付けに係るものは起訴されてはいない。)、被告及びc大学関係で、背任・業務上横領罪により懲役五年の実刑有判決を受け、Cは、現在、東京高等裁判所に控訴中である(乙三〇)。
(六) 被告寄附行為(乙九)では、「予算をもって、定めるものを除くほか、新たに義務の負担をし、又は権利の放棄をしようとするときは、理事会において理事総数の三分の二以上の議決がなければならない。借入金(当該年度内の収入をもって償還する一時の借入金を除く。)についても、同様とする。」(二九条)、「次の各号に掲げる事項については、理事長において、あらかじめ評議員会の意見を聞かなければならない。(1)予算、借入金(当該年度内の収入をもって償還する一時の借入金を除く。)及び基本財産の処分並びに運用財産中の不動産及び積立金の処分、(2)予算外の重要なる義務の負担又は権利の放棄、(以下(3)ないし(7)は省略)」(一九条)とされている。
ところが、被告では、正式な理事会及び評議員会は、年に一回、四月の入学式当日に行うくらいで、非定例で開催されることはほとんどなく、Cは、被告名義で銀行等の金融機関から借り入れるために、金融機関から右借入れについての被告理事会及び評議員会の承認決議の議事録の提出を求められると、正式な理事会及び評議員会を開催せず、当時、被告事務局長兼理事であったGに対し、「悪いけれども、学校の資金繰りが厳しいから、貸してくれるところもあるから」などと述べ、右借入れなどを承認決議する旨を内容とする被告の「理事会議事録」及び「評議員会議事録」の作成を指示し、その結果、理事会や評議員会が開かれることなく、持ち回りで、いずれも理事兼評議員であるC、G、b高校長I(以下「I」という。)やY高校長J(以下「J」という。)の署名押印を得て、右書面が作成され、Cは、このようにして作成された「理事会議事録」「評議員会議事録」の謄本を金融機関に交付して、被告名義で借入れをしたり、債務保証をしたりしていた。そして、前記(二)で、CからDに交付された原告から一〇億円を借り入れて被告所有土地を担保に入れることを、平成四年三月二日に開催された被告評議員会及び理事会で承認可決した旨を記載した議事録の各謄本や、右借入額を五億円に減額した被告の評議員会議事録及び理事会議事録の各謄本(甲七、八)も、このような方法で、正式な手続を経ずに作成されたものであった。
このように、Cは、自己の株式投資資金等に充てるために、被告名義での借入れや債務保証をし、いわば被告の経理を私物化していたといえるものであったが、被告事務局長G、b高校長I(校長と副校長の間に位置する校務本部長のときもあった。)、Y高校長のJ、被告事務長Hなど、被告の理事及び評議員の地位(ただし、Hは評議員のみ)にもあった当時の被告の幹部職員ら(乙一九)は、学内に常勤して、そのようなCの行為を監視できる立場にありながら、実際にはその役割を果たさず、かえって、前記のとおり、実際には開催されていない理事会・評議会の各議事録作成に協力したり、後記(七)のとおり、Cが流用した借入れの返済金を、Cに指示されるまま、被告会計から支出するなどして、Cの権限濫用行為を助長する結果となったいたものであった。
(七) 前記(四)の本件貸付けに対する利息の支払は、CからHへの話では、d社から被告の会計に元利金の振込入金があるので、それを原告に送金するとのことであったが、d社から被告への右振込はなく、HがCに確認したところ、利息の支払はCの仮払金として支出してほしいと指示されたことから、Hは、「金銭消費貸借並びに抵当権設定契約」(甲一)で取り決められたとおりの利息額を、被告会計からCへの仮払金名目で支出して、被告名義で原告の銀行口座に送金していた(乙六)。
平成五年に入ると、CはDに対し、前記(四)で行われた本件貸付けの返済条件の変更を申し入れ、平成五年四月二三日、CとDが関与して、原告と被告を当事者名義とする、元本五億円について、三か月おきに一五〇〇万円ずつ四回合計六〇〇〇万円を支払い、その後の残元本四億四〇〇〇万円を平成六年四月二八日に支払う、利息は年利率を長期プライムレートに〇・六パーセントを加えた額とし、これを三か月ごとに支払うなどとする「債務弁済契約」書(甲二)が作成され、また、DがCから被告代表者の委任状を得て、同年五月一〇日、右「債務弁済契約」書に沿った内容の「債務弁済公正証書」(甲三)が作成された。そして、被告会計からCへの仮払金名目で支出された金員等をもって、被告名義で、原告に対し、右書面の内容に沿って、元金のうち三か月おきに一五〇〇万円ずつ四回合計六〇〇〇万円と三か月ごとの利息が支払われた。
さらに、CからDに対し、右「債務弁済契約」の元本残金四億四〇〇〇万円の用意ができないとの申入れがあり、平成六年四月二七日、CとDが関与して、原告と被告を当事者名義とする、右残元本について、三か月おきに一五〇〇万円ずつ四回合計六〇〇〇万円を支払い、その後の残元本三億八〇〇〇万円を平成七年四月二八日に支払う、利息は年利率を長期プライムレートに〇・六パーセントを加えた額とし、これを三か月ごとに支払うとする「債務弁済契約」書(甲四)が作成され、また、DがCから被告代表者の委任状を得て、同年五月二三日、右「債務弁済契約」書に沿った内容の「債務弁済公正証書」(甲五)が作成された。
しかしながら、その後、CからDに対し、右内容では弁済できないとの申出があり、平成六年八月三一日、CとDが関与して、原告と被告を当事者名義とする、残元本の支払部分につき、平成六年八月ないし平成七年三月まで毎月末日限り一五〇万円ずつ支払い、その後の残元本四億二八〇〇万円を平成七年四月二八日に支払う旨に変更する「平成六年四月二七日付け債務弁済契約の内容一部変更に関する覚書」(甲六)が作成された。そして、被告会計からCへの仮払金名目で支出された金員等をもって、被告名義で、原告に対し、右覚書の内容に沿って、毎月一五〇万円の元本内金と利息の支払が行われた。
その後、平成七年三月二四日ころ、CからDに対し、平成七年四月二八日期日の残元本四億二八〇〇万円の支払について、被告理事長在任中の同年三月三一日までの間に、返済期限を更に一年間延長してほしい、本件借入れはCの個人的借入れの色彩が濃く、跡を継ぐ被告新理事長Bの体制に引き継がせるまで時間が欲しいとの申入れがあったが、原告は、右申入れを断り、同年四月二八日の経過とともに、本件貸付けが遅滞に陥ったものとして扱うこととした。
(八) 平成七年六月から平成八年八月にかけて、Cは、原告に対し、毎月末日ころに一五〇万円ずつ合計二二五〇万円をC名義で支払い、原告は、これを本件貸付けの連帯保証人であるCからの保証債務の履行として受領し、別紙「残元本及び遅延損害金計算表」のとおり、うち三四〇万〇四四七円を元本に充当し、その余の一九〇九万九五五三円を遅延損害金の一部に充当し、その結果、平成八年八月三一日時点の遅延損害金額は六一一二万九七四四円となった。
もっとも、被告は、本件借入れを、Cが被告理事会・評議員会の決議を経ないで独断で行っていた事情について、原告は十分知っていたと主張し、Gは、その陳述書(乙七)において、原告従業員と思われる者二名がいる理事長室で、Cから議事録の作成を指示され、これを別室で作成させ、議事録署名人に、J及びGが署名捺印し、理事長室に持参して、右議事録をCに提出した旨記載し、証人尋問においても同趣旨の供述をしており、この事実のとおりであるならば、原告従業員は、Cから受領した議事録が適法な手続で作成されたものでないことを知っていたことになるはずである。
しかしながら、Gはその証人尋問において、「(理事会及び評議員会の議事録を五億円で作って理事長に持っていったときに、X社の担当者は)確かいたと思います。」「ちょうどそのときに確かX社の人が玄関から入ってきたわけです。それでX社の人だなという認識で、名前はちょっと分かりませんが。」(同証言調書一五頁)、「(その五億円の議事録を渡すときには、X社の人が)座っていたわけです。で、私は出てきましたから、理事長がその方に渡したと思います。」「X社の担当者も、理事長がGに依頼して、ワープロで出来上がってきて、署名、捺印するというのも見ていた。」(同一六頁)との旨証言するが、一方、「(乙第七号証の陳述書で「X社職員だと思われる」というふうに、やや留保を付けて書いたのは)紹介されたわけではありませんので、そうじゃなかろうかという感じだったわけです。」(同二三頁)、「(しょっちゅう金融機関の人が)来てたことは来てたかも分かりませんが、私は紹介されたこともありませんし。」「(金融機関の人に直接紹介されたことは)全然ありません。」、「X社の人が仮に来てたとしても、紹介もされていない」「(乙第七号証の来客がX社の職員と思われるというのは)そうではなかろうかと(いうもの)」(同二四ないし二五頁)との旨も証言しており、結局、原告職員の面前で、CがGに対し、原告からの五億円借入れについての被告理事会議事録及び評議員会議事録の作成を指示し、その出来上がった議事録を原告担当者に渡したとの、Gの陳述書(乙七)の記載及びGの証言部分はあいまいで信用性に乏しく、また、証人Cはその本人尋問において、「(Dがその理事長室のソファーに座っているときに、CがGに指名して、今のような議事録というのを作成させたというのか、それ以前にもう既に作ってあって渡したのか、どちらかということについては)それは以前だと思います。ファックスでこういうことを用意してくれということで送ってきたんですね。そのときに作ったのでは議事録が間に合いません。というのは、ほかの人の、議事録署名人というのは実印を押していますから、実印は常に携帯していないんです。私にしても、Jさんにしても、Gさんにしても自宅に置いてありますから、事前に言っておかないとはんこがとれませんから、当日ではないと思います。」「Dさんは善意でやっていますから、そういうこと(理事会・評議員会)が開かれていないのに、(議事録に)こういうのが書かれているというのは知らなかったと思います。」(同証言調書二二ないし二四頁)との旨証言しており、これらの事実からしても、被告の右主張は採用できない。
二 争点1(金銭借入れの当事者)について
前記一で認定の事実によれば、Cが、本件借入れによる金員を、d社の資金繰りに使用する意図があり、そのことを原告担当者が知っていたからといっても、その借入れを行った当事者は被告であったと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
三 争点2(本件貸付けにおける適法な手続履践の有無)について
前記一で認定のとおり、被告寄附行為(乙九)では、本件借入れを行うには、あらかじめ評議員会の意見を聞いた上、理事会において理事総数の三分の二以上の議決が必要とされるところ、本件借入れについては、被告において、右手続が履践されているとは認めることができず、その他、右手続が履践されていることを認めるに足りる的確な証拠は全くない。
四 争点3(原告において、Cに本件借入れにつき適法に被告を代表する権限があるものと信じ、かつ、このように信じるにつき正当の理由があったか。)について
(一) 前記一で認定の事実によれば、本件貸付けについての原告の担当者であったDは、本件貸付けに当たり、被告において、評議員会及び理事会の承認決議が適法にされているものと信じていたことが認められる。
(二) また、前記一で認定の事実によれば、原告(担当者はD)は、被告代表者理事長であるCから本件借入れを承認する旨の被告評議員会議事録及び理事会議事録の各謄本を受け取り、右手続が適法に履践されたものと信じて貸付けの手続を進めたものであり、その議事録謄本の記載内容も正当な手続が履践されたことを疑わしめるようなものとはいえず、それに加え、被告の理事及び評議員の地位にある被告幹部職員までもが、Cによる被告経理の私物化に結果的に協力していたといえるような状況においては、本件貸付けについて、被告の評議員会及び理事会の承認決議が適法に履践されていないことを知ることは極めて困難であったといわざるを得ず、原告(担当者はD)において、本件貸付けに当たり、被告評議員会及び理事会における正当な手続が履践され、Cが適法に被告を代表する権限があると信じたことにつき正当の理由があったと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
なお、①原告から五億円を借り入れることなどを承認する旨の被告評議員会議事録及び理事会議事録の各謄本(甲七、八)は、その評議員会・理事会開催日が共に平成四年三月二日と記載されているところ、貸付額が五億円に減額される前に作成され、原告に交付されていた、一〇億円の借入れを承認する旨の被告評議員会議事録及び理事会議事録の評議員会・理事会開催日もやはり平成四年三月二日となっていたことが推認されるところ(原告からは、Cから受領していた一〇億円の借入れを承認する旨の右議事録は証拠として提出されていないが、被告に残っていた一〇億円借入れを承認する旨の被告評議員会議事録・理事会議事録である乙第一五号証では、その開催日が平成四年三月二日となっている。)、被告評議員会・理事会において、当初の一〇億円借入れ承認決議の後、後日、借入額が五億円に減額されたことから、従前の一〇億円の借入れ承認決議をも訂正・変更する必要があるということで、評議員会・理事会開催日をそのまま従前の日時としたまま、新たな決議に基づき議事録を作成することも考えられ、その内容の真正を直ちに疑わせるものとまではいえず、②また、被告代理人は、証人D尋問において、DがCから受けとった被告評議員会議事録及び理事会議事録の各謄本(甲七、八)につき、謄本認証文が本文と同様にワープロで印字されていることを疑問とするようであるが(同証言調書二六ないし二七頁)、ワープロで書面を作成する際に、便宜のため、謄本用として認証文を加えた書面も同時に作成しておくことも考えられ、特に不自然とはいえない。
五 争点4(Cの権限濫用、原告の悪意又は有過失について)
(一) 前記一認定の事実によれば、Cは、自己のオーナー企業であるd社の資金繰りのために原告からの借入れを求め、d社が被告の関連企業になるとの虚偽の事実を示して(甲九)、右借入れの担保として被告所有土地を提供する旨を申し入れ、原告から、d社への融資はできないが、被告への融資ならばできると伝えられた以降は、d社とは資本的にも業務においても関係のない被告による借入れを承認する旨の内容虚偽の被告評議員会議事録・理事会議事録を作成させて、被告代表者たる立場で、被告として五億円を借り入れ、その直後に右借入額全額をd社の預金口座に送金させて費消させたものであり、Cが被告代表者として行った本件借入れは、被告における権限を濫用したものと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) 一方、前記一認定の事実のとおり、原告は、その貸付けによる資金が、直接か、又は他の貸付けの担保となるものであるかは別として、最終的には、d社の資金繰りに利用されるものであることを知っていたものであるが、同時に、原告は、d社が、資本関係及び業務の内容からも被告の関連会社であるとの被告代表者であるCからの説明を受け、被告において、d社に被告学校の宣伝を担当させ、被告の施策の実施に役立たせるために、その全株式を取得する旨の被告評議員会議事録謄本(甲九)写しの提出を受け、これを信頼し、さらに、本件借入れ及び被告土地の担保提供を承認する内容の被告評議員会及び理事会の各議事録の謄本(甲七、八)の提出も受けた上で、本件貸付けをしたものであることが認められ、そのような事情に加え、当時、被告の理事及び評議員の地位にある被告幹部職員までもが、Cによる被告経理の私物化に結果的に協力していたといえるような状況においては、Cが被告における権限を濫用して本件借入れを行おうとしていたものであることを知ることは極めて困難であったといわざるを得ない。
以上によれば、原告は、Cが被告において授与されている権限を濫用して、自己又は第三者の利益を図るために本件借入れを行ったものであることを知っていたとは認めることができず、また、これを知らなかったことにつき過失があったとも認めることができず、その他、これらを認めるに足りる的確な証拠は全くない。
第四結論
したがって、原告の請求はすべて理由があることになる。
(裁判官 本多知成)
<以下省略>